IT技術の進化、特に昨今のDXの潮流を考えると、ビジネス・チャンスが拡大しているように見える。しかし、これまで見てきたように、経営管理の業務、システム両面で、多くの日本企業は課題を抱えている。そうした課題については、2018年9月に経済産業省が発表した「DXレポート」でも「2025年の崖」という表現で指摘があり、衝撃をもって受け取られた。発表から時間は経っているが、状況は大きくは変わっていない。ここで、これまで論じてきたポイントを振り返りながら、日本企業の抱える課題について再度考えてみると、以下の通り概括できる。
「DXレポート」の中でも指摘のあるレガシーシステムの問題について、ポイントを整理する。
レガシーシステムの最初の問題は、現在も個別最適型のシステムとなっていることである。これまで見てきたように、業務・経営管理ニーズや開示等の時代の要請を受けて、急ピッチで対応を行う必要があった。(第1回)そして、情報化の発展過程で企業のシステムは、個別最適型のシステムからスタートし、その後、置き換え可能な領域についてパッケージで置き換えてきた。(第2回)さらに、パッケージでカバーされない領域については、スクラッチ開発が継続して行われてきた。(第3回)
こうした経過のために、(IT基盤は標準が進んでも、)業務システムは各種業務パッケージ、スクラッチシステムが混在する個別最適の状態であった。各業務の個別最適化を優先したことで、システムが複雑化し、新たな要求への対応が困難になった。また、企業全体でのデータの整合性の確保が困難になり、情報管理やデータ分析・活用が難しくなっていた。(第3回)技術基盤も、適宜バージョンアップをしてこなかった場合、老朽化のために継続的な利用が困難になったり、セキュリティ面での脆弱性が拡大したりするリスクが顕在化した。
企業の情報システム部門のスリム化、高齢化の中で、外部依存が進んだ。日本では、情報システム部門は管理するだけで、SIer、ベンダー企業が開発/改修・運用するケースが多くなった。そうした中で、システムのノウハウは、ベンダー企業に蓄積されても、ユーザ企業側には残らずブラックボックス化が進んだ。(第3回)また、企業としてのドキュメント標準の徹底、都度のドキュメントの改定ができていないケースが多く、システム実態とドキュメント内容の乖離が起こり、ブラックボックス化が決定的なった。
ドイツのSAP社のERPは、世界で圧倒的なシェアを誇り、日本でも2,000社以上の企業が利用しているといわれる。しかし、「SAP ERP」は、様々な業界の多様化するニーズに対応し続けてきたため、機能は複雑化・肥大化してしまった。また、今後のDXのトレンドを考えると、処理データが膨大になると想定され、SAPの最大の売りである「リアルタイム性」が保証できなくなると考えられた。
そのため、SAP社は、超高速処理を実現するインメモリーデーターベースを中核とする「S/4HANA(エスフォーハナ)」へ全面的に切り替えることを宣言し、2025年に「SAP ERP」の保守サポートを終了させる予定とした。(のちにSAP社は、サポート終了を2年延長。)このことを、「SAP 2025年問題」と呼んだ。
SAPの導入はライセンス料、導入に関わる人件費ともに高額である。大規模の企業では、会計モジュールの導入だけでも数億から十億単位の投資となり、会計に加え、販売・調達・生産などの主要モジュールを一度に導入するビッグバン形式の導入では、十億規模から数百億規模の投資となった。
「SAP ERP」から「S/4HANA」への移行は、技術基盤が全く異なるために、現行システムを止めて再構築を行うのに等しいと見られている。つまり、「SAP ERP」導入企業は、これまでの膨大な投資を捨て、以下のいずれかの対応が必須となった。
どちらの選択をしても再構築のための再投資が必要になるため、極めて重大な課題といえる。
経済産業省のDXレポートでは、DX時代への移行を視野に入れて、日本企業が直面している課題を「2025年の崖」と呼んだ。日本企業のレガシーシステムにより、「保守費用が高額で、予算上、新規開発が困難」「サポート切れ、セキュリティ脆弱性で、継続的利用にリスク」「データ活用が困難」の問題がある。それらが支障となり、「DXの実現が困難になり、国際競争力が低下する」「業務基盤の維持が困難になる」「巨額の保守費用がかかる」という「2025年の崖」の問題を引き起こすと指摘し、まずは基幹・業務システムの革新を進め、効率化を図っていくことを薦めている。
様々な最先端のデジタル技術が出ていく中で、第4次産業革命(インダストリー4.0)も進んでいきます。これらの技術を利用できる企業と、レガシーシステムを放置して進化できない企業との差が決定的になってしまう可能性が高くなっている。最先端のシステムが利用できる企業は、維持管理コストを適正に抑制しながら、デジタル技術でビジネスを進化させていける。(第4回)その一方で、レガシーシステムを使い続け、システムの刷新を怠っていると、個別最適の複雑なシステムの維持管理費用は高止まりのままで、新しいデジタル技術の導入も期待できないという状況に陥る可能性が高くなる。
経済産業省も推奨している通り、過去に積み残してきた課題(レガシーシステムの問題)を克服していくことが必要となる。それが、新しいデジタル技術を活用しながら、ビジネスを進化させていくための条件となる。克服すべき積み残し課題は企業毎に異なる。そのため、企業にあったIT戦略を策定し、以下の内容を明らかにする必要がある。
IT戦略検討の中では、企業の現状から膨大な課題を抽出・整理し、目標を実現可能な形で計画化する。その際、体系的な方法論に基づいて検討作業を進めないと、
などが起こり、手戻りの発生や、検討中断となるリスクが高まる。しかし、全社システムや大規模システムの「企画・開発の方法論」は、1990年代に実用化が活発化したが、その後、ERPの導入が情報化の中心となったため、世の中の関心は「ERP導入の方法論」にシフトしていった。(第2回)DXに向けて、レガシーシステムの問題を克服していくには、単にERPを導入するだけでは済まない。原点に返り、「方法論に沿った体系的なIT戦略の検討」が必要になっている。
企業の情報化要員は、「社内のシステム要員+外部ベンダー人材」で構成されている企業が多くなっている。(第3回)しかし、この情報化要員の実力を見ると、業務知識面では、第3回で定義した第一世代、第二世代の人材で、ほとんど占められている。また、技術知識の面でも、専門ベンダーに頼らないと対応しきれないほど、技術自体が広がっている。また、システムの企画・開発の方法論の知見を持った人も少ない。将来に向けたIT戦略を立案できる体制が出来ている企業は多くはないという現状がある。(第3回)
DXにおけるデジタル技術の活用は、ビジネス面では、
といった形で、競争力強化に直結する成果が期待されている。また、経営管理面では、
などが期待されている。(第4回)これまでの論点を踏まえると、DX時代のIT戦略は、企業戦略そのものと言っても過言ではないことが分かる。これまでは、情報システム部門は、コストセンターであり、コストダウンとスリム化の対象であった。しかし、これからの情報システム部門のポジションは、「戦略部門」へとシフトしていくことが考えられる。そのため、スリム化、外部依存が進んできた情報システム部門の体制をどう強化していくかが、企業戦略の立案、実行上の重要テーマとなってきている。戦略部門を外注化することは、出来ないからである。
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