人的資本情報開示の現状と今後の課題

人的資本に関する情報開示が2023年3月期に決算を迎えた企業より義務化されました。上場企業には、人的資本に関する「戦略」や「指標および目標」について、有価証券報告書での開示が求められます。

日本経済新聞が、TOPIX100構成銘柄のうち、有価証券報告書を2023年6月に提出する3月期決算企業81社に開示方針について調査したところ、「従業員の多様性」については、女性活躍推進法で義務付けられている部分もあり開示が進み、約9割の企業が数値で開示するという結果となりました。

しかし一方で今後の成長に向けた「人財への投資」という面においては、開示すると回答した企業は5割程度、数値で公表する企業も約2割にとどまりました。中長期的な視点での人財への投資には、経営ビジョンや経営戦略と連動した施策が必要になります。公開に向けた準備期間が短かったという側面はありますが、今後企業には人財を活用する仕組みに踏み込んだいっそうの対応が求められることとなります。

人的資本経営を推進するうえでの今後の課題について考察してみました。

1.経営戦略と連動した指標の設定

2022年8月に政府が発表した「人的資本可視化方針」では、開示が望まれる項目として「人材育成」「多様性」など7分野19項目が示されました。ESG経営という観点から投資家の注目は、短期的な業績目標の達成のみならず、企業の持続的な成長に向けた取り組みに対する関心が高まっています。女性の管理職比率や男性の育休取得率など開示が義務付けられる指標のみならず、将来の成長に向け、経営戦略と連動した人財への投資や生産性向上の取り組みなど、企業ごとに指標をバランスよく設定することが求められます。

2.指標を改善するための人事施策の立案

人的資本経営で求められているのは指標の公開ではなく、指標の改善に向けた企業の取り組みです。
人的資本経営で開示が求められているエンゲージメントや人財育成などはすぐにその指標が改善されるものではなく、人事制度の見直しや研修体系の整備などに中期的に取り組むことが重要となります。「開示のための開示」とならないよう、設定した指標を改善するための具体的な人事施策の立案と中期的な推進が求められます。

3.モニタリングと改善活動

そして、継続的なモニタリングと改善活動が重要となります。各施策の推進と同時に、設定した指標のモニタリングおよび検証を行い、指標改善に向けた施策の見直しや、新たな指標の設定など、人的資本の強化・整備に向け継続的な取り組みが必要となります。

人的資本経営への取り組みは今後いっそう広がっていくと思われます。しかし、情報の開示はスタートラインに立ったに過ぎません。「多様性」や「エンゲージメント」など現時点では働く側にフォーカスされる指標が多いですが、社員の成長のみならず、人的資本を中期的な企業価値向上や成長につなげるという視点が不可欠です。