昨今、「106万円の壁」や「103万円の壁」など、いわゆる「働き方の壁」に関する議論が活発に行われています。社会保険料や税金の負担を避けるために労働時間や賃金を調整してきた労働者が多くいましたが、こうした仕組みは見直されつつあります。

「106万円の壁」と呼ばれる厚生年金加入にかかる賃金要件について、厚生労働省は、最低賃金の引き上げにともない必要性が薄れているとして、2026年10月に撤廃する方針を明らかにしました。また、企業規模要件の撤廃も2035年10月に想定されており、厚生年金加入者の範囲がさらに広がっていくことになります。
週20時間以上という労働時間の要件は残るため、「労働時間を調整することによる働き控えを招くだけ」という意見も一部で見られますが、個人的にはそうは思いません。

「働き方の壁」撤廃の議論の背景には、少子高齢化による深刻な働き手不足があります。現在の「働くと損をする」仕組みを取り除き、労働者が能力を最大限発揮できる環境を整えることは、日本全体の経済成長にとって不可欠です。この流れのなかで、「106万円の壁」の撤廃に加え、シニアの就労促進を目的とした在職老齢年金の支給停止基準額の引き上げ案も検討されています。また、所得税に関する「103万円の壁」についても引き上げが議論されています。

こうした動きにより、「就業調整で社会保険料や税金を免れる方法は早晩立ち行かなくなる」と考える労働者が増えています。そのため、社会保険料や税金を負担してでも手取りを増やすために積極的に働こうとする人が増加すると予想されます。

(株)リクルートが2024年9月に、「働き方の壁」問題などを受けて就業時間を調整したパートタイマーなど非正規の労働者約2,000人を対象に実施した調査によると、全体の33.5%が「勤務時間を増やしたい」と回答しており、さらに61.9%が、「働く時間の制約がなくなれば仕事内容や責任を広げてキャリアを形成したい」と回答していました。
これまで「働き方の壁」に阻まれてきたシニアやパートタイマーといった層は、正社員と比べて人事制度が整備されていないことが多い状況にありました。しかし、今後は労働時間や役割を拡充しようとする人財が増えることが予想されます。そのため、企業には柔軟で包括的な人事制度の整備が求められます。例えば、労働時間や勤務形態の選択肢を広げ、従業員がライフスタイルに合わせて働ける環境を提供することが重要です。また、非正規社員を含めたキャリア形成の機会を明確にし、公平な評価制度を構築することで意欲的な働き方を支援することができます。さらに、高齢者の経験を活かした役割を用意することも有効です。

「働き方の壁」が撤廃されることで、労働者の選択肢が広がるとともに、多様な人財を活用することで新たな価値を創出できる企業も増えていくことでしょう。この変化をチャンスと捉え、未来志向の組織づくりに積極的に取り組むことが求められています。