企業における賃上げ判断要素とは?―どのような場合にどれだけ実施すべきか―

2024年4月~5月に実施された日本商工会議所の調査によれば、2024年度に賃上げを実施した(予定も含む)中小企業のなかで、収益力の向上に基づく「前向き」な賃上げ実施は40.9%だったのに対し、業績の改善がともなわないのに人手を確保するためなど「防衛的な賃上げ」が、59.1%を占めたということです。

賃上げは、時間外手当や賞与の算定基礎にも影響を与え、またバブル崩壊後はデフレが続いてきたこともあり、大手企業においても約30年間は慎重な対応が続いていました。しかし、ここへ来て2023年の春闘では3.6%、2024年は5.2%と広く賃上げが実施されたことから、中小企業のなかには賃上げに対応する自社の考え方の整理をする間もなく、世間水準の賃上げに追随せざるを得なかったという企業も多いのではないでしょうか?

そこで今回は、企業における賃上げの考え方、すなわち自社にふさわしい賃上げを行うための判断要素につい考えてみたいと思います。

私は、賃上げ、あるいは広く労働条件の設定については、商品価格に影響するため、各企業の経営判断の最たるものだと考えます。ここでは、その経営判断に際して共通して考慮すべき要素があるはずという考えに基づき、次の4つの要素を示します。
それは、(1)経営状況、(2)競合他社の状況(業績、賃金などの労働条件)、(3)生産性(非製造業では投入資源とリターンの割合)、(4)物価水準、です。

項目別に考慮すべきと考える理由を述べますと、(1)を挙げたのは、賃上げを行うことはコストアップ要因になることから、それを吸収し得る裏付けが必要だからです。企業業績がともなっていない時は、賃上げについては慎重に対応すべきです。
(2)は、同一マーケットで競合する他社がわかっている時は、競争相手のコスト構造を注視すべきだからです。競合他社に匹敵する実力がないのに競合他社並みの賃上げを行うことは、自社のマーケットにおける地位を弱めることになりかねません。
(3)は、社員の努力による成果(生産性向上分)は、社員のモラル(士気)アップの観点から、社員に配分すべきだからです。
(4)は、物価水準の動向は企業の責任ではなく、また一企業の力ではいかんともしがたいものです。しかし、社員は生活者でもあり、4番目の要素として一定の配慮ができれば、社員の信頼やロイヤリティーは高まるものと期待されます。

最後に、これら4つの要素は総合的に考慮すること、また継続性を持った対応としていくことが重要です。4要素の1つが大きく変動したり落ち込んだりすることも想定されますが、これらの変動を総合的に「トレンド」として捉え、社員の生活の安定性に配慮した対応が望まれます。