サステナビリティ情報開示:開示基準の最新動向(2025年3月)

はじめに

SDGs(持続可能な開発目標)の採択により世界的に「サステナビリティ」への関心が高まりつつあり、近年、サステナビリティ関連情報にかかる開示制度・規則(以下、サステナビリティ開示と表記)の整備が進められています。この点、日本や米国、欧州および国際基準に焦点を当てると【表1】のように開示基準・規則が制定されてきました。

【表1】

日付設定主体公表基準・規則呼称(※)
2023年6月26日(公表日)ISSBIFRS S1、S2ISSB基準
2023年7月31日(採択日)欧州委員会欧州サステナビリティ報告基準ESRS
2024年3月6日(最終化日)米国証券取引員会気候関連開示規則SEC気候規則
2025年3月5日(公表日)SSBJサステナビリティ開示基準SSBJ基準

※本コラム内での呼称

一方、2025年はサステナビリティ開示を取り巻く環境に変化が生じており、上記の基準などにも動きがありました。そこで、今回は、日本、米国、欧州および国際基準の最新動向と日本企業への影響について解説します。

開示基準などの最新動向(2025年3月末)と日本企業への影響

2025年1月から3月にかけて【表2】のように開示基準などへ影響を及ぼす各種決定がなされました。それぞれの概要と予想される日本企業への影響は以下のとおりです。

【表2】

日付対象決定項目
2025年1月29日(1)ISSB基準IFRS S2に部分的な修正を行うことの決定
2025年2月26日(2)ESRS企業サステナビリティ報告指令の改正案の公表
2025年3月27日(3)SSBJ基準補足文書の公表
(4)SEC気候規則気候関連開示規則の事実上の撤回

(1)IFRS S2の部分的な修正

当該修正の内容は以下の4つの項目にまとめることができます。SSBJ基準はISSB基準を参考に開発されていることから、IFRS S2の修正にともないSSBJ基準にも同様の修正が行われることが予想されます。この点、最も影響の大きい修正は「A」と想定されるため、大規模な投資などを行っている日本企業(金融機関など)のサステナビリティ開示担当者はISSB基準の修正の動向に注視が必要です。

Aスコープ3温室効果ガス排出量のうち、カテゴリー15(投資)に含める範囲の縮小の容認
縮小対象:デリバティブ、ファシリテーションにかかる排出、保険に関連する排出
B温室効果ガス排出量の算定に使用可能な「地球温暖化係数」の拡大
C温室効果ガス排出量をGHGプロトコル以外により算定することが認められるケースの明確化
Dファイナンスド・エミッション(※)の情報の分解に使用可能な基準の条件付きの拡大

※企業の行う融資および投資に起因する投資先または相手方の温室効果ガス総排出であり、スコープ3カテゴリー15の温室効果ガス排出量の一部を構成する(IFRS S2 付録A)

(2)企業サステナビリティ報告指令の改正案

一部の企業に対するESRSの適用開始時期を2年間延長したうえで、対象企業自体の縮小化を意図した改正案が公表されています。この点、企業サステナビリティ報告指令の適用範囲に親会社や子会社などを持つ日本企業についてESRSに基づいたサステナビリティ開示が求められる可能性があることに変わりはありませんが、本改正によりESRSに対応しなければならない対象企業が大幅に縮小されることになります。ゆえに、欧州企業と資本関係を持つ一部の日本企業には開示対応の負担の軽減と期間的猶予がもたらされることが想定されます。

(3)SSBJ基準にかかる補足文書の公表

2025年3月5日のSSBJ基準の公表に続けて、同年3月27日に基準適用にあたり参考となる資料として複数の補足文書が公表されています。この点、補足文書はSSBJ基準を構成するものではないため、基準適用にあたり、これらに従わなかったとしてもSSBJ基準に準拠していないことにはなりません。

(参考)SSBJ基準と補足文書との関係については以下のコラムをご参照ください。
サステナビリティ情報開示:SSBJ基準と補足文書の関係

(4)気候関連開示規則の事実上の撤回

SEC気候規則は規則の最終化後に複数の州や民間団体より法的な異議申立が行われており、SECは当該訴訟が完了するまでSEC気候規則の施行を一時停止することとしていました。この点、2025年3月27日(現地時刻)にSECは「気候関連開示規則」の擁護を取り止めることを決定しました。これは、今回の「気候関連開示規則」が事実上撤回されたことを意味するため、米国上場企業をはじめSECの規則に従う必要のある日本企業は引き続き米国の規制動向を注視することが必要になります。

おわりに

2025年は米国の政権交代にともなう「パリ協定からの離脱」や「化石燃料への回帰」などカーボンニュートラルの目標に向かい風のトピックが目立ちます。一方、地球温暖化はハリケーンの増加や規模拡大にも影響していると考えられるため、ハリケーンによる被害のリスクにさらされる米国もカーボンニュートラルを完全に無視することはできないものと想定されます。また、サステナビリティ関連情報には気候変動のみならず、ハラスメントや賃金格差、労働環境などの人的資本をはじめ種々のテーマと課題が存在します(【表3】参照)。

【表3】

テーマ気候変動生物多様性人的資本・人権その他
課題温暖化・温室効果ガス排出大気汚染労働環境環境および社会動向にともない拡大・縮小
水質・土壌汚染賃金格差
エネルギー問題食料問題ハラスメント

※表はイメージのためテーマや課題を網羅しているものではありません。

つまり、国際動向が短期的なサステナビリティ開示の制度・規則の整備に影響することはありますが、サステナビリティ関連の課題により企業がリスクにさらされていることに変わりはないため、依然として企業はサステナビリティ関連のリスクおよび機会を適切に識別したうえで戦略や目標の管理を行うことが必要です。

※当コラムの内容は私見であり、BBSの公式見解ではありません。